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評価:
エズラ・F. ヴォーゲル,バーナード クリッシャー
たちばな出版
¥ 1,680
(2000-05)
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1979年に刊行された
ジャパン・アズ・ナンバーワンを踏まえて、2000年に刊行されたのがこの本。
1980年代の日本の繁栄とその後の不良債権処理の遅れと金融制度改革の遅れと経済の低迷。
1979年刊行のジャパン・アズ・アンバーワンは当時経済的にも政治的にも疲弊していた米国に対して、当時短期間で成長してきた日本という国の政治、経済、教育などのシステムを紹介し、まなべる部分は日本に学ぼうという提案をした。
その後、レーガノミクスと双子の赤字。
貿易摩擦をさけるための円高容認&主要通貨の調整を行うためのプラザ合意。85年
(本当は、日本にインフレを起こさせて、輸入物価を下げて米国商品を買わせることを狙っていたが、日本国内競争が激しく思ったほど物価が上がらなかったorz)
プラザ合意後の不況と日本における金融緩和。86年
日本の金融緩和が功を奏して景気回復傾向、金融緩和解除(金利引き上げ)を日本の政策当局が考え始めた矢先に起きたブラックマンデーとそれによる世界金融不安を回避するための主要国(欧米)での金融緩和。&やむを得ず日本も金融緩和継続。87年
日本政府の財政再建に伴う国債発行減少。一方で銀行資金が国債購入にまわらず、行き場を失い、株式市場または不動産市場へ流入。そこにノンバンクも参入。エクイティファイナンス流行&一般企業での財テクブーム。88年
バブルを懸念する声の増加に対応すべく、遅まきながら金利引き上げ。89年
総量規制。90年
景気後退し始める。&金融不祥事(損失補填問題&不正融資事件等)発覚。91年
92年以降は、信金地銀の破綻、住専問題、大和証券ニューヨーク支店巨額損失にともなう米国強制撤退、ふたたび損失補填問題、大蔵省への過剰接待、三洋証券破綻、山一証券自主廃業、
1979年のジャパン・アズ・アンバーワンでは、
「過剰な自信をもつな」
「国際貢献はまだまだ」
「世界で活躍できる人材をもっと育成すべき(英語面でも)」
「高齢化」
「連立政権下での政権運営」
など、留意点を挙げていたが、バブルにうかれてロックフェラーセンターやコロンビアピクチャーズなどアメリカを象徴するものを購入し、「驕れる者久しからず」という状況に陥った(汗
30年前と今を比べると、何が違うのか。
豊かさは明らかに現在の方がある。
ハングリーさがなくなったのか?
いま一度考え直す必要がありそう。